Jくんより 世田谷学園中学校進学
ぼくの中学入試は、本当に最後の最後まで決まらず、なさけなかったです。 しかし、悔いは無いとは言いきれませんがほとんど悔いがない中学入試でした。2月1日・2日の桐朋がどちらとも不合格で絶望的で、もう立ち上がれなくなり、次の日をむかえたのです。 2月3日、本来なら、成城か暁星に行く予定でしたが、4日の世田谷学園に合格するため、ここ(鼎)に来ました。でも令和5年の問題の国語を実際にやってみると、まったく終わらず、本当に合格する気がないというほど、えげつない状態となっていました。さらに、その時にメガネなしでは文字がほとんど見えていないということに気付いてしまったのです。こんな状態で2月1日・2日に行こうとした自分が、バカバカしく思えました。そんなふうに、2月3日をすごしました。 2月4日で世田谷学園に行くまえに、朝(鼎)にきた時、先生たちがぼくのメガネがないことに気付いてくれたのです。もし、気付かずに行ってたら、本当にひさんな結果になっていたかもしれません。そして、入試が終わり、合否を確認する時がやってきました。一秒がとてつもなく長い時間だと思いつつも、すこしは焦っていました。結果は無事合格でした。その一しゅんは、ほんの短い時間でしたが、死にそうなぐらい苦しかったです。
こうして、ぼくの中学入試は幕を閉じました。今でも、世田谷学園に行けることがうそかまことかわからないままでいますが、ただ一つ絶対に言いたいことがあります。この長い間いろいろな経験と数々の試練を見守ってくれた先生がた、そしてなにより、どんな時でも支え、サポートしてくれた家族に、感謝をしたいと思いました。
Jくんのお父さまより
「うちはそういう子のための塾ですから」 これは初めての面談時に、勉強をやる気のない彼について相談した時に渡辺先生からいただいた言葉です。大手の塾では内気でやる気のない彼では到底ついていけないし、まずは楽しく勉強してほしいと思い、3年生の2月から鼎に入塾しました。その時はまさかどの進学塾よりも熱心(ハード)な塾だとは親子共々知る由もありませんでしたが…。
4年生、5年生の頃から組分けテストの成績は鳴かず飛ばずで、当時の志望校の偏差値には遠く及ばない状況でしたが、親としてはいつかは成績が上がってくれるだろう、とどこかで全く根拠のない期待をしていました。 6年生になるとほとんど毎日授業があり、学校生活との両立が厳しくなってきました。それと同時に反抗期も本格化し親子・兄弟喧嘩が絶え間なく繰り広げられていました。家庭環境は正にギスギス状態。中学受験本などに書かれている「合格する理想の家庭環境」のような要素はほとんどありませんでした。
そんな中でも受験校だけは本人の希望を尊重してあげたいと思い、説明会やオープンキャンパスを元に彼が選んだのは自由な校風のA校、生徒さんが親切だったB校、校内環境が素晴らしいC校でした。彼の第一志望はA校、第二志望はB校でしたが、組分け・合不合テストの結果が出る度にどちらにも到底届かない成績に彼の自尊心はどんどん削られていきました。夏期講習では朝から晩まで勉強漬けの毎日となりましたが、なかなか学力の向上が実感できずに休んでしまうこともありました。そのような状況で9月の合不合の結果が良くなるはずもなく、期待していた成績UPどころか、7月より10ポイント弱偏差値が下がってしまい、絶望状態となっていました。10月、11月で少しずつ成績を取り戻しましたが、結局12月になっても志望校偏差値はおろか、7月時の成績にも届かずに最後の模試が終わりました。 このような状況の中、我々親の不安もピークとなり、2/1の受験校変更について先生に相談しましたが、「四谷大塚中学に入学するわけではない、彼はA校の入試問題に対応できる力はある。妥当な併願校も組まれている。この段階で受験校を下げると今後ズルズルと成績も下がってしまうので変更はしない方が良い」と心強いアドバイスをいただき、受験校は変えずにラスト1ヶ月の受験対策に臨むことになりました。
1月の埼玉受験を迎え、所謂お試し受験の初日。受験会場に入ったところまでは普段の模試の時と変わらない様子でしたが、試験を終えて会場から出てきた時のテンションはどん底。何を話しても返答しない状態で、しまいにはボロボロ泣き出す始末。落ち着いた後に話を聞くと、過去問より問題が難しく、頭が真っ白になってしまったとのこと。鼎に帰った後の自己採点結果はもちろん悲惨で結果を待つまでもなく、不合格を確信しました。同校2次試験のリベンジの前に別の受験で特待合格をもらうことができたので、少し自信を取り戻すことができました。気を取り直して臨んだ2次試験では普段通りに出来たらしく、すっきりとした顔で試験会場から出てきました。しかし、結果はなんと僅か1点差で不合格。家族全員で落ち込みましたが、①頭真っ白、②特待合格、③1点差不合格と1月受験で様々な経験ができ、この結果をポジティブに捉えるようにしていました。
そしていよいよ2月の本番。2/1、2/2はA校、2/2の午後にはC校を予定していました。どちらの日も早朝から鼎でウォーミングアップをし、万全の状態で臨めたと思いますが、初日は力を十分に発揮できず、残念ながらA校1次は不合格。2日目のA校2次はある程度の手応えを感じた状態で試験を終えた様子で、そのまま気分良く午後受験のC校へ移動。そして、その日夜の結果発表でC校の合格を知り一安心。この段階で、2/4のB校に照準を合わせるために2/3は予定していた学校を受験せず完全にB校対策日としました。と同時に2/3はA校2次の合格発表日でしたが、結果は残念ながら不合格。親の方は本人憧れのA校の完全不合格決定にショックを受けていましたが、その頃鼎ではそれと同じくらいインパクトのある事実が発覚していました。何と目がよく見えないということ。まさに「今更!?」でした。1年以上前に学校の視力検査でひっかかり眼鏡を購入したのですが、その後面倒臭がってほとんどかけていなかったその眼鏡がまさか重要アイテムになるとは。。。実際の効果は定かではありませんが、眼鏡をかけてからは視界も気持ちもスッキリしたようで、B校対策も思うようにできたようです。そして迎えた2/4のB校受験。1点の重要性を知った我々は、気持ちの面でもできる限りのことをしようと本気の想いをぶつけるべく、B校生徒の慣わしである校門での一礼を行い、試験会場に入りました。とはいえ、4日ともなると難易度が上がるB校には合格はもらえないだろうと覚悟し、我々親はLINEでC校入学を見据えた会話をしていました。ただ、彼は諦めていませんでした。試験後には「かなり手応えがある。社会以外は、だけど…」とパーフェクトではないものの自分の実力を出し切れたことに晴々とした表情をしていました。
結果はどうあれ、これで試験終了と決めていたので、4日の晩は家族で打ち上げの意味を込めて外食に出かけました。その時の会話では家族でC校の良いところを言い合い、盛り上がっていました(本人だけはなぜB校が落ちた前提になっているのか、と不満顔でしたが)。帰宅後、合格発表予定時刻前にHPを開いてみると、なんと既に1時間前に合格発表サイトが開いているではありませんか。心の準備ができていない状態で、恐る恐るクリックすると、見慣れないピンク色のバックに「おめでとうございます、合格です」の文字が。もう家中が狂喜乱舞の大騒ぎ、泣いて喚いて喜び合いました。B校の先生から鼎にも直接連絡があったらしく、ギリギリ合格だったと知り、1点の重要性を改めて実体験した受験となりました。 彼が熱望していたA校には合格できませんでしたが、同じくらい憧れていたB校に合格することができ、不思議なことに親子共に悔しさよりも嬉しさを数倍大きく感じています。ご縁とはこういうものなのだと思います。合格証を受け取った彼の何とも嬉しそうな顔を思い出すと今でも胸がグッと熱くなります。
偏差値による学校の棲み分けは本当に分かりやすく、統計的な信頼性も高いと思います。我が家は6年生の後半で偏差値表に翻弄され、受験校の選定で最後まで気持ちがぶれていました。今になってようやく思えるようになったのは、偏差値に”過度に”捉われることなく、自他共に共感できる、その子に合う受験校を決めることが本当に大事だという事です(2,3校あると良いと個人的には思います)。それがハマると土壇場の苦しい時でも「この学校に行きたい」という思いが、偏差値とは別次元の本番力、相性、運などの力を発揮させるのだと思います。 彼の成長を一番近く、そして一番長い時間見守ってくださり、あの頼りなく情けなかった愚息をここまでたくましく成長させていただいた鼎進学教室の先生方に心より感謝しております。この中学入試を通して、我が子が厳しい試練に真っ向から立ち向かっていく姿を見る事ができたのは我々にとって大きな収穫でした。今後の鼎進学教室さんの益々のご発展をお祈り申し上げます。
•横田先生:4年生の時、やる気の出ない彼とどうやって付き合っていけばいいのか相談に乗っていただきました。おかげさまであの時より随分成長しました。
•小池先生:勉強だけでなく、彼の趣味にも付き合っていただきました。先生と話をするのが楽しみだったようです。
•岡本先生:入試後に何度「岡本先生が出るって言ってた問題が本当に出た!!」と聞いたことか。絶対的な信頼を寄せていたようです。
•渡辺先生:きめ細やかで的確な指導のおかげで社会に穴が開くことがほとんどありませんでした。彼の心のオアシスだったようです。
•小町谷先生:ずっと苦手にしていた国語ですが、秋以降からの補習で自信をつけていったようです。彼の入試の問題用紙の書き込みを見て、本当に成長させていただいたと実感しております。
•成瀬先生:彼の良いところにも悪いところにも真正面から向き合っていただきました。あの復習ノート作りスキルは必ずや今後の彼の人生で役立ち、一生物の財産になると思います。
