Eさんより 吉祥女子中学校進学
私は四年生の夏期講習を受け、気に入ったので二学期の途中から鼎に入りました。始めは、学校と塾の勉強の両立をどうすれば良いのか分からない時もありました。五年生になって社会の歴史を学び始めたころから段々塾が楽しくなりました。学校からつかれて帰って来ても鼎に行くのは嫌ではありませんでした。
いよいよ受験がせまってくると、先生方は毎日おそくまで過去問を指導して下さいました。一月は一つしか合格しなくて二月の入試は落ちたら後がないと自分に言い聞かせて受けました。二月一日の吉祥女子の日、午後九時の発表の時にはパソコンを開くのがこわくて緊張しました。ピンク色の画面に“合格” と書いてあった時はとてもうれしくて飛び上がってしまいました。そして午後に受けた国学院久我山STの結果も合格でした。
入試が終わってみるとあっと言う間でしたが、鼎の先生方には長かったと思います。本当にありがとうございました。
Eさんのお母さまより
娘が鼎で初めてお世話になったのは四年生の夏期講習でした。娘にとって初めての塾であり、『ここが良い!!』と自ら選び決めました。それから受験終了まで一度も行きたがらないことがなかったどころか、通塾がとても楽しくてたまらない様子でした。学年が上がると共に通塾日が多くなり、授業時間も長くなるため気力・体力がもつのか心配していましたが、最後まで弱音を吐かずに頑張ることができたと思います。それも支えてくださったとても気さくな先生方、お友達のおかげだと大変感謝しています。
鼎では面談の機会も多く、生徒だけでなく先生方と親の距離も近かったです。その際各教科の先生から娘の良い点、改善すべき点をとても丁寧にご指摘頂きました。『人並み以下の復習量』『こういうノート作っていますか?』というお言葉には肝を冷やしましたが、自宅や塾で行う宿題も本人任せにしていました。親の私がすることといえば、プリント整理やお弁当作り、模試への同行でした。
また先生方は志望校を決める時には偏差値だけでなく、“娘がどの学校に進学したら充実した6年間を過ごすことができるか”を一番に考慮して下さいました。私はそれが大変嬉しかったですし、個々をよく見て下さっていると痛感しました。やはり信頼してお願いしていてよかったとこの時も思いました。
志望校を決めた後は、更にとことんご指導頂きました。12月に模試は終了しますが、その後本人も自信・実力がついたように感じているようでした。だから得点や順位の分かる栄東中学校の受験を進めていただいたのだなと思いました。
それから埼玉受験で苦戦することになるのですが、あと1問のところで不合格になり再戦に臨んで合格を頂けた時の喜びは、精神年齢の幼い娘にとっても印象深い出来事となったでしょう。あの日の早朝、西国分寺駅で励ましのお言葉とカイロを下さった渡邊先生の存在も、娘の大きな力となったに違いありません。
その後は二月一日に向けて朝から晩まで頑張りました。持ち帰る解き終わった過去問の量も多くてびっくりしましたが、解説も細やかになされているのがよく分かりました。また受験当日焦らないために、本番と同じサイズの過去問、解答用紙を使用できることもケアレスミスの多い娘にとって心強かったと思います。
二月一日の夜は、午後受験までしていたこともあって親子共にクタクタでしたが、吉祥女子の合格発表を見て疲れが吹き飛びました。ひとしきり喜んだ後、娘が少し悲しそうにポツリと言いました。
『明日からもう鼎の授業ないんだ、つまらないな…』
鼎は生活の大切な一部となっていたので、その喪失感も大きいようでした。
この受験を通して娘はいくらか成長できたように感じます。埼玉受験で不合格を知って静かに涙を流した後、気持ちを切り替えて「この失敗を次に生かそう」と思えるように導いて下さったのも先生方です。自ずと先生方の熱意に報いたいと思うようになり、難しいかも知れないけれど頑張り続けたい、結果を出したいという気持ちが合格に繋がったと思います。
鼎の先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。