国立駅北口から徒歩1分 中学受験専門の進学塾 鼎進学教室
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2026年度 合格体験記

Bさんより 成蹊中学校進学

私が鼎に入塾したのは4 年生の春です。姉が受験したことにより私も受験することになりました。
鼎では、たくさんの宿題がでましたが私は問題文の長さをみて勝手に難しいと思い宿題を真面目に取り組んだことがありませんでした。6年生からは成瀬先生が算数の担当となり、厳しく指導されました。けれども私のサボりぐせは治らないままでした。夏期講習が始まるとクラスの人数は半分ぐらいになりより成瀬先生の指導が厳しくなりました。けれどもはやり私のサボりぐせは治りませんでした。
何回も成瀬先生に「ここまでやらない生徒は今までいなかった。」と言われていました。
そのまま1月の埼玉入試がやってきて最初はまぁ受かるだろうと思い受けに行きました。けれど家に帰り結果を見ると不合格で、最初は信じられませんでしたが、そのあと入試を受ける前の自分の態度を振り返りやる気がなかったと感じ、態度を改めて、入試に取り組むべきだと思いました。そして2回目の一般入試のとき、心を改め入試に取り組みましたが、結果を見るとあと5点で落ちていました。その日の夜、母が成瀬先生と通話している際に「まぁ埼玉受験全部落ちる可能性も考えていた」と言われたという事を聞き、次のB 特待の入試では丸をとってくるぞという気持ちでのぞみましたが、あと3点で落ちてしまい、浦明も含め埼玉受験全滅でした。
そのことにより第一志望だった鷗友も2月1日に受けず成蹊を受けることにしました。そしてそのとき私は、さすがにやばいことをしてしまったと思いました。ですがその後も復習ノートを提出しないなど、まだまだ不真面目でした。そして本番の前日に鷗友を解いたとき、ズタボロで成瀬先生に「お前たちに期待している友達とかがいるんだぞ。」と言われ、その期待にしっかりと答えないといけないなと思い、心をしっかりと入れかえ本番に向かいました。そしてやってきた本番、緊張してしまい受験票を待機室に忘れたり、解答用紙に受験番号を書き忘れるなどしてしまいましたが、どの教科も今までの中で一番全力をだすことができました。次の日の結果発表でなんと合格でした。その事を成瀬先生に伝えると一緒に喜んでくれ、他の先生方も「よかったね。」と言ってくれました。成蹊が受かったことにより第一志望だった鷗友を3日目に受ける切符をにぎることができ、とても嬉しかったです。1日目の鷗友の問題を解いてみると、とっても難しく3日目の鷗友も難しくなるだろうと思い緊張していました。次の日、全てを置いてこようと思い鷗友の試験をうけました。算数は最後の問題を楽しむことができました。それを鼎に戻って成瀬先生につたえると「ならよかった。」と言ってくれました。自信がなかった社会は自己採点をするとわたなべ先生が想定する平均点と大幅に差がありました。次の日、不合格であることを知り、残念な気持ちもありましたが、成蹊も鷗友と同じくらい行きたい学校だったので悲しくはありませんでした。結局私は、埼玉受験全敗、成蹊、大妻中野、富士見に合格、鷗友に不合格の結果でした。

最後の最後まで私をあきらめず、指導してくれた岡本先生、わたなべ先生、成瀬先生、こみえ先生ありがとうございました。最後まで真面目に取り組まなかった私なので、誰かの手本になることはないと思いますが、私は中学受験を通し、どのようなことも最初から真面目に取り組み、継続させるという大切さを学びました。これからはそのことを心にとめ英語などを頑張っていきたいです。

Bさんのお母様より

このたびは、娘の中学受験に際し、最後まで熱心にご指導いただき、本当にありがとうございました。親である私たち以上の熱量で娘に向き合い、導いてくださったことに、親子共々心より感謝申し上げます。
娘は成瀬先生に「こんなに勉強しない子は初めてだ」と言われるほど、なかなか受験生としてのスイッチが入らないタイプでした。そんな娘が本当の意味で受験生になったのは、埼玉受験を終えてからでした。埼玉受験は結果として全敗でした。まさかの不合格が続く受け入れがたい状況に、気持ちの整理がつかないつらい時期でした。一方、あと5点、あと3点という非常に惜しい結果が続き、一問の重みを身をもって知る経験となりました。
開智所沢の2回目で不合格が分かった際、私は動揺したまま成瀬先生にお電話をしました。答えの出ない重い会話の中で伺った「あと5点」という言葉を、私は走り書きでメモに残しました。翌朝、そのメモを娘に見せると、娘は大きく書かれた「あと5点」という文字を大切に握りしめ、黙って朝の準備を始めました。そしてその紙を「戒め」として保存袋に入れ、お守り代わりに持ち歩くようになりました。
その後の特待Bでも、再びあと3点で不合格となりましたが、娘は自分から成瀬先生に電話をし、結果を受け止めようとしていました。その姿を見て、娘が初めて自分自身の受験と本気で向き合い始めたのだと感じました。もしこの埼玉受験での全敗がなければ、2月の本番には間に合わなかったと思います。短い期間でしたが、娘は自分で考え、覚悟を持って試験に向かう姿勢を身につけました。
もともと鷗友学園を第一志望としていた娘ですが、埼玉受験の結果を踏まえ、成瀬先生のアドバイスのもと、1日目午前に成蹊、午後に大妻中野、2日目に富士見、3日目に鷗友という受験スケジュールを、娘自身が決めました。前半で確実に合格を取り、第一志望に挑戦するための「チケットを手に入れる」ことを目標に、本番に臨みました。
結果として、成蹊中学、富士見中学、大妻中野中学に合格をいただきました。もうこれ以上できないほど力を出し切れたと満足そうに話す娘の姿を見て、親としてとても誇らしく、頼もしく感じました。
3日目の鷗友学園では残念な結果となりましたが、試験後に「算数の問題が楽しかった」と話した娘の言葉は、以前の娘からは考えられないものでした。
中学受験において最後に問われるのは、偏差値ではなく、「第一志望に向かって全力を尽くす覚悟があるか」あるいは「これ以上背負いたくないと感じてしまうか」という、子どもの心の負荷だと痛感いたしました。
その点で、鼎の先生方には、2月本番に向けて娘の気持ちを見事に整えていただきました。
本番直前期、娘は「4年生に戻りたい。戻って真面目に勉強をやり直したい」と口にしました。これまでの自分の行いが今の結果につながっていることを、小学生なりに身をもって感じていたのだと思います。小さな小学生にとっては少し酷な経験だったのかもしれません。しかし、この多感な時期にその気づきを得られたことは、これからの人生においてかけがえのない財産になると感じています。
現在娘は、「成蹊で、自分が本当に入りたい学校をゆっくり見つけたい」と話しています。
この受験で得た悔しさや気づき、そして挑戦した経験があるからこそ、娘はきっと大丈夫だと、今は心から思えます。
最後まで娘に寄り添い、支えてくださった鼎の先生方に、改めて心より感謝申し上げます。

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