Aさんより 吉祥女子中学校進学
私は小3の2月に鼎へ入塾しました。
入塾当初の私は、漢字テストで「小豆」を「こまめ」と書いたり、社会の縮尺の単位換算がわからなくって、泣いたりしていました。このころは勉強が何かもわからずに鼎に通っていたと思います。
そのため、成績は上がったり下がったりを繰り返していました。
5 年生のころは、真面目(?)な性格だったので、宿題が終わるまで寝ませんでした。また、算数の復習ノートをしっかりやってその出来をほめられていました。このころから私は百均の小さなノートに教わった内容(主に社会)を書き留めるようになりました。どうして始めたのかは覚えていませんが、このノートはいつしか私の心の支えとなっていました。このころの私の夏期講習の思い出といえば、冷房の風が直撃する席で寒すぎて凍えていましたが、消極的な性格のせいで先生に言うことはできなかったということです。
6年生に上がると算数を成瀬先生に教わるようになりました。初めのころは小さなノートに算数で習った内容をメモしていました(かなりオススメ)。そして、私は復習ノートが大好きだったので、かなり細かく説明をして、マーカー(2026 年2月現在46 本)でキラキラにしていました。成瀬先生からは去年の6 年生よりすごいとほめられました。国語はあまり真面目に取り組んでおらず、成績はガタガタしていました。理科は、計算系の問題しかできなくて、知識系の問題を落としまくっていました。
皆さんは、早いうちに知識を入れておきましょう! 社会は、先ほど書いたミニノートに間違えたこと、大切なことをとにかくまとめていました。かなり効果的だったと思いますので、これだけはどんどん真似してください!
そして、いつの間にか1月になっていました。私は1月10日に開智所沢を受けました。結果は合格。
全て不合格になるというプレッシャーからは解放され、少しホッとしました。次の日、午前に栄東、午後に開智所沢の算数特待を受けました。その日は、栄東から午後の受験会場に向かう際に電車が止まり、受験会場であるさいたまスーパーアリーナは大きすぎて試験会場がなかなか見つからず、うろうろしていたら、会場についたのがギリギリでした。なんとか合格することができましたが、皆さんは会場がどこなのか事前にしっかり把握してあわてないようにしておきましょう。
そして1月14日、浦和明の星の入試の日を迎えました。国語は時間が足りず、終わりませんでした。そして算数は大問が2つ解けず、ズタボロにひどかったです。この時点で私はかなり絶望していました。とりあえず、「私は自分ができなかったのだから、みんなもできなかったはず!」と心の中で唱え、ラスカルのつぶれた顔を見て、理社に挑みました。そして、絶望しながら鼎へ。解けなかった大問の一つに、ダイヤグラムで2 回出会っているのに、速さの1:2:3に気づかなかったという問題がありました。これで3 問落としました。成瀬先生からは「おわったな」と言われました。
そして、発表当日。学校から帰ってお母さんと一緒に発表を見ました。絶望しながらボタンを押すと「合格」の文字が。私は信じられなくて、困惑とうれしさでいっぱいでした。
そこからは2月へ向けて第一志望の吉女対策をしていました。この時に吉女の理科の過去問で満点を取ることができ、自信につながりましたが、油断大敵なのでひたすら復習ノートやミニノートを見返したりしていたら、あっという間に2月1日を迎えていました。
当日の朝は鼎に寄り、問題演習をしましたが、鼎への到着が遅く問題演習が終わらずに吉女に向かうことになりました。皆さんは早めに行きましょう。算数は全然終わらず、練習より難しくて大パニック。自分が出せるはずの力を100%発揮できず、悔しかったです。吉女は2 回目の試験もあるのだと気持ちを落ち着かせ、理社を受けました。試験が終わり、今年はサンデーショックなのでもう駄目だと思い、2月2日のことを考えていました。
鼎に行って自己採点をしたところ、理科はとてもよかったのですが、算数がボロボロで、成瀬先生からは「終わったな」と言われ悔しさで泣きました。帰りの車でも再び泣きました。そして、その日の午後9 時に合格発表を見たところ、「合格」の文字が見え、嬉しさで泣きました。これで、私の長い中学受験は幕を閉じました。
中学受験という幕が閉じてから、私は毎日自由を満喫しています。受験生活を抜け出せたことがとても嬉しかったです。毎日のように友達と遊んでいます。
今、受験生の皆さんはとても辛いと思います。しかし、受験が終わってしまえば、いくらでも遊べます。そのためにも、今はたくさん努力しましょう! その分終わった後の解放感は計り知れないものとなります。
そして、受験生の皆さんへのアドバイスがあります。私は吉女の試験中に鉛筆を2 回落としました
が合格することができたので、試験中の机の上のものを落とすなどのハプニングが起こったとしても
動揺しないで頑張ってください!
ここまで私のことを支えてくださった先生方、本当にありがとうございました。私は吉女に行った
ら、冷房が寒くても言えないような性格を脱して、日々変われるように努力していこうと思います。本
当にありがとうございました!
Aさんのお母様より
「女子校に行きたい!」
その一言から我が家の中学受験が始まりました。内弁慶でくそ真面目、男の子と話すのは苦手、そんな娘にとっては女子だけの環境で過ごす6年間が魅力的に感じたようであり、私たち夫婦も娘は女子校のほうが合っていると考えていました。
理由のひとつは、娘は算数が好きということです。共学の場合、少なからずジェンダーバイアスがかかり「リケジョ」などと呼ばれ、マイノリティな存在であると感じながら成長することを危惧していました。また、外では引っ込み思案な娘が、これから迎える多感な時期を伸び伸びと過ごすためにも、女子校は理想の環境と映りました。一方で女子校は高校募集のある学校が少ないため、中学受験で女子校を目指すことにしました。
中学受験をすると決まればまずは塾選び。小3の秋に四谷大塚の準備講座を受け、早稲アカの説明会に参加し、SAPIXの入塾テストを受け、知り合いから情報を聞き、最終的に近所の1歳年上のMちゃんが通う鼎という塾に興味を持ちました。個性的な先生が多いから、その雰囲気が大丈夫なら面倒見がよくてかなりお勧めということでした。
娘の性格からしたら、「モヒカンの大きな人を見たらびびって嫌だと言うかな?」と思いつつ体験授業に行かせました。娘の反応は、「モヒカンの先生? いたけどそれが何か?」という反応だったので、これはいけるなと思い鼎にお世話になることを決めました。
また大手塾では成績によってクラスも先生も変わるため、娘の性格を考えると、少人数で同じ先生に教わり続ける環境のほうが適していると思ったことも鼎に決めた理由のひとつです。
4年生のときに初めて行ったオープンキャンパスが吉祥女子でした。その後も何校か足を運びましたが、この時から一貫して吉祥女子が第一希望だったように思います。
4年生の頃は習い事もしており、宿題だけはちゃんとやっていくというスタイルでした。宿題の管理もプリントの管理も最初から本人に任せていたので、リュックがパンパンのまま通塾していました。復習ノートが始まると、熱心に復習ノートを作成していましたが、漢字練習などは全然していませんでした。
娘は算数に比べると国語が苦手だと言っていましたが、苦手意識を持たせないように「国語は苦手じゃなくて普通なんだよ」と伝えていました。娘は3月生まれで幼かったので、国語は成長と共に出来るようになるだろうと漠然と考えていました。(その通りで、国語はたくさんの文章に触れることで鍛えら
れました)
小さいノートに色々メモをしたり、覚えないといけないプリントをラミネートしてお風呂に貼ったりと、試行錯誤しながら自分なりの勉強方法を見つけていったようでした。
一番大変だったのは5年生の頃だったと思います。学校の宿題と塾の宿題、ピアノの練習に追われていましたが鼎には楽しく通っており、帰りの車でクラスでの他愛もない会話を聞くのが楽しみでした。
塾では声も小さく、発言もあまりしない娘ですが、実は闘争心が強く、日頃から誰々に負けた、勝ったと言いながら努力を重ね、理社テスト大会となると「満点を取るんだ!」、計算テストでは「いい点を取って何かもらいたい!」と、闘志を燃やして勉強をしていました。
6年生の時に「ジュンサイ」を大量に持ち帰ってきた時は驚きました。夫婦で一生分のジュンサイを食べたと思います。
6年生になると帰りもだんだんと遅くなりましたが、帰り際に2階にあるルービックキューブを揃えてから帰るのが習慣になっていたようで、1分で6面を揃え切る姿を見た渡邊先生からは「殺人鬼の手をしている」と言われたそうです。
授業でアドレナリンが出るのか、塾の帰りは異様にテンションが高く、帰宅しても家に入らずに重いリュックを背負ったまま家の前を爆走して頭を冷やしていることもありました。早く寝てほしい私と、テンションが高く宿題をやりたい娘、この3年間で一番言った言葉は「早く寝て」だったと思います。
鼎で長時間勉強しているので、家では勉強のことは特に何も言わず、弟に付き合ってカードゲームにボードゲーム、YouTube、漫画、レジンなど最後まで好きなようにさせていました。
6年生になれば偏差値は嫌でも気になるところですが、鼎からは最初から一貫して偏差値について何も言われなかったことで、テストのたびに一喜一憂することはなく、精神的にはとても安定して過ごせました(親が)。
ところが、6年生最後の合不合テストの結果が出た時に娘が3年間で初めて涙を流しながら塾に行きたくないと言いました。「一昨日やったばかりのところが出来ていなかったから先生に怒られる」「もっととれたはずなのに」と、泣きながら鼎に向かった娘の背中を見て、頑張っているからこそ出来なかったことが悔しいのだろう、結果が出なかったことで涙を流せるほど真剣にやっているということだと思い、本人の感情とは裏腹に私はきっと大丈夫だと感じていました。(偏差値を見て夫はかなり心配していましたが)
1月校の本命浦和明の星、試験後に鼎で×だろうと聞いていたので、合格の文字を見た瞬間に驚きとともにとても安堵したのを覚えています。
2月1日吉祥女子、同じく試験後に鼎で×だろうと言われました。自己採点も去年の合格者最低点よりも低く、本人も出来なかったと言っていたので、鼎と帰りの車で涙を流した後は、翌日の試験に気持ちを切り替えていました。翌日に備えて早めに寝る準備をし、夜9時に合格発表を見ると、ピンクの画面に「合格おめでとうございます。」の文字が、、、本当に嬉しく、娘と涙を流し我が家の受験は終わりました。
中学受験は賛否両論ありますが、やらせてよかった、やってよかったと思える受験になったのではと感じています。今の子供たちはこれからのAI時代に立ち向かっていく世代で、私たち親もどのような教育をするのが正解なのか明確なことは分かりません。
紙とペンだけで戦うということも今後は少なくなっていくのかもしれないですが、この3年間で培った知識と根性で、これからは自分で自分なりの答えを見つけていって欲しいと願っています。
最後になりますが、成瀬先生、岡本先生、渡邊先生、横田先生、込江先生、あかり先生、佐藤さん、大変お世話になりありがとうございました。鼎の指導方針に共感し娘の指導をお願いすることに
決めましたが、この3年間を駆け抜けることができたのも、娘の性格をよく理解してくださり、愛情を持って娘の自主性を引き出してくださった先生方のおかげだったと思います。また、半年に1回やってくる福引き、2月1日直前のイベントなどなど、たまの息抜きも幼さの残る小学生にはとても効果的だったと思います。本当にありがとうございました。
