Gくんより 城北中学校進学
僕は4年生の初め頃から通っていました。ですが1組の授業についていけず何となくの日々を過ごしていました。5年生になってからは2組に下がり段々と授業のペースにもついていけるようになり成績も安定していました。10月のテストを受けると先生から1組に上がると言われ初めはうれしかったですが、本当に授業についていけるか不安で家に帰ると今までにない猛烈な腹痛を起こしてしまいました。実際に授業は難しく、速くなり特に算数では自分を隠して分かっているふりばかりをしていました。6年生になってもそれは改善されず時間とお金ばかりを無駄に使っていました。夏休みの直前になると成瀬先生と話し合い2組に下がりました。夏休みでは計算テストで1回も満点を取る事が出来ずに終わってしまい家での勉強もほとんどしないまま大切な夏を台無しにしてしまいました。夏休みが終わるとそのことに危機感を感じるどころかもっと生活習慣が悪くなっていきました。家から帰るとアニメを見て遅い時には1時を過ぎて2時になる時間になってさすがにヤバイとおもいあわてて寝ていました。そのせいで授業では居眠りを毎回のようにしていました。
理科は宿題をやらず岡本先生に怒られ、算数は復習ノートを出さず、社会と国語はほとんど寝ていました。それで成績が下がっているのにテストの結果ばかり気にしていました。そのことを母が先生に伝えると、11月の面談で三者面談になり、成瀬先生に「そのままで本当に受かるつもりがあるのか?」と2時間近く言われ、自分の情けなさを感じました。そしてもう夜更かしはやめようと思いました。そう思ったのがもう11月も終わるころでした。そこからすぐにコロナにかかってしまいました。しかしそのおかげで寝る時間が増え生活習慣が直ってきました。そこからは1月受験に向けてやっとまともに勉強をするようになりました。はじめは西武文理から入っていこうという話でしたが、城北を本気で受かりに行くなら大宮開成から受けようという話に変わりました。ついに初めての入学試験がやってきました。大宮開成に行くまで緊張していたせいか復習ノートを一心不乱に見ていて、校内に入ると「意外と模試と同じだな」と思い少し安心しましたが、自分の分からないところで緊張していたのか初めの二教科の国語と算数を大失敗して二教科を終えた後には絶対に落ちていると思って半泣きになっていました。ですが前日に成瀬先生から最後まであきらめるなと励まされたことを思い出し理社に向かいました。半泣きした後の理科と社会はリラックスして臨むことができましたが結果は不合格でした。そして2日後に西武文理を受けてしっかり合格を取って2回目の大宮開成に向かいました。学校に向かう電車の中では参考書は見ず、ずっと目をつぶり今まで教わったことを思い返していました。すると自分ではわからない緊張もなくなり合格できました。
1月は学校には3日程度しか行かず鼎で城北の過去問をやっていました。国語は本番の1週間前くらいになっていきなり点が上がり、理科は計算問題からいつまでも逃げていたら受からないと言われたのでやっと計算問題と向き合いました。そして2月の1日城北を受けました。校内に入ると渡辺先生が待っていてくれていて心配や不安が吹き飛びました。そして鼎に帰り自己採点をしてあとは合格発表を待つだけというときには算数でしくじってしまったので落ちたと思っていましたが、それ以外の教科が良かったので一番ないと思われていた僕が一日で第一志望校に合格しました。その時は信じられなかったですが後々実感がわいてきてうれしくて思い出すたびに泣きそうになってしまいました。もし城北が受かったら次は本郷を受けようという話があったので本郷を受けましたが不合格でした。しかしどこに受かっても城北に行こうと思っていたので二月の受験は二日で終わりました。 鼎の先生方にはお世話になりました。ありがとうございました。
Gくんのお母さまより
4年生の最初、自宅での週テストは泣いて途中部屋を飛び出し、宿題は一人ではとてもこなせず、『辞めたい、塾を変えたい』と悶々としていた息子。ところが、冬期講習で友達ができてからは一転して鼎で続けたいと言うようになりました。5年になると、苦手科目をカバーするため勉強の時間配分を自ら意識するようにもなり、その成長ぶりに驚かされました。しかし、5年の後半から授業の進度難易度とも上がり、先生の解説を聞いて理解し書き留めるという一連の事についていけなくなりました。ならば授業後に質問に行けばいいと思うのですがそれができず、結局6年後半までズルズルと解決できずに時間が過ぎていきました。自ら突破してくれる事を根気強く見守る覚悟でしたが、当の本人は現実逃避からか勉強以外の理由で夜更かしするようになりました。睡眠不足からさらに成績が下がっていく状況となり、最終的には鼎の先生に包み隠さずお伝えし、先生から直接本人に厳しいご指導をいただくこととなりました。そこで本人はようやく目を覚ましたようでした。
コロナ感染で最後の合不合は受けられず、少しの自信を回復するチャンスもないまま1月を迎えました。親としては、ここまで来たからには完走だけでもさせようという気持ちでした。1月は過去問に取り組み一喜一憂したことと思いますが、どんな点数であっても下を向かず、少しずつ打率があがり元気を取り戻していったように見えました。最後は希望した学校へ合格でき、何よりこの受験を通して、上手くいかない時の自分を知り、向き合う強さを少しだけ身に付けたように思います。 厳しく鍛え、根気強く支えてくださった鼎の先生方に感謝しています。ありがとうございました。
