国立駅北口から徒歩2分 中学入試の鼎進学教室
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2026年度 合格体験記

Fくんより 城北中学校進学

僕は3年生の終わりごろに鼎に入塾しました。入った時から組分けテストの結果は、かなり厳しいものでした。その後も結果は変わらず、そのあともそのやばい結果を見ても何も変わらず「まだ6年生じゃないからいいや」と復習もせずに公園ばかり行っていました。

そんな感じの何となくの生活をしながら時はすぎ、あっと言う間に気が付いたら6年生になっていました。

当然、6年まで怠けてきた僕は、6年生になって、授業についていけなくなり、理科などの教科で基礎知識が全くなく、そのような状態に置かれてはじめて自分のやばさに気が付きました。

気が付いた時はもう遅く、夏期講習前に2組に下げられてしまいました。2組ではちゃんと授業についていけるようになり、授業中に質問もできるようになりました。

それでも最低限のことにさえ手が回らず、中途半端な物と、自分のものにできたものの差が激しくなっていきました。

12月の終わりになって中途半端なもののやばさに気が付き始め、そのやばいものの中の半分を占める基礎知識から覚えなおしていきましたが、気が付いた時は、もう遅くあっという間に1月10日、開智所沢の日になってしまいました。

結果は、×。その後も、13日も、×となり、碌な結果も出せずに真剣にやばいと思い始め、入試会場へ行くときの電車の中でも初めて、まともに教科書を、読むようになりその結果で、15日の、特待Bで、一般スライド合格になり初めて〇をとれ、浮かれてしまいました。そのせいで、立教新座は、落ちてしまいました。

2月1日の朝最終チェック、ウォーミングアップを済ませ初日で取る気満々で行きました。しかし、鼎にもどって、自己採点をすると、国語の言葉の知識でボロボロになってしまい唯一プラスが出る算数の計算からこけてしまい、国語を防ぐどころかマイナスまで出して絶望しました。

そして次の日も切り替えることができずに、落ちてしまいました。

3日に成城と久我山STをうけて、午後の久我山で、スライド合格だったけど〇をとることができ、始めて行く可能性がある学校に受かることができて、気持ちにゆとりができました。

そのせいで、絶対に見込みがなかった4日の城北に受かることができました。

鼎では受験勉強以外にも、私生活から直してくれました。先生方本当にありがとうございました。

Fくんのお母様より

お弁当さえ作って持たせたらあとは全ての面倒をみてくれる保育園のような中学受験塾がある。罵詈雑言は当たり前、たまに体罰ありだが熱い先生たちがいて、驚くほど面倒見がよく手厚く個別にフォローし、最後まで絶対に見捨てない。先生たちは厳しいけれど面白くて授業は賑やか、生徒はみんな塾が大好き。

そんな情報を得て鼎の体験授業に参加すると、大手S 塾、Y 塾よりもモヒカン先生の授業が楽しいから絶対に鼎がいいと息子も言い、こちらの狙い通りと勇んで入塾。

最初からわかっていたような気がするけれど、振り返ってみればやはりこちらの塾でなければ息子の中学受験は成立しませんでした。

「弓道部と鉄研があるから城北に行きたい」

かなり早い段階からそれだけを言い続けた息子は2月4日に奇跡を起こします。

興味のあるものだけに集中力と時間を注ぐ彼は、最後まで「当たれば点が取れる」と先生方に言われていました。当然ながら当たらない確率のほうが高く、そもそもそんな宝くじのような状態なら地道に知識を増やせばいいのにとずっと思っていましたが、本人に起因するところもあり到底間に合わなかったのでしょう。家庭での勉強のフォローはゼロだったので何とも言えませんが、中学受験は親との二人三脚という大前提を我が家は踏襲しておらず、本人の努力で本人が行ける場所へ行くものと考えていました。

結果的に、息子の性格を知る先生方のおすすめの学校を積極的に見に行き、城北、國學院久我山、穎明館に絞りました。

受験直前までは、開智所沢はあくまで練習校で、校風に惹かれていた穎明館が本命の滑り止めという位置づけでした。

その練習校で2日連続×、3度目で特特Bからの一般スライド合格をしたときに、紙面上の偏差値と学校までの距離の近さで揺らぎ、穎明館を受験校から外そうと横田先生にお電話で相談させていただきました。

振り返ると、その時の先生の対応が鮮やかで後の結果に大きく響いたのかなと思います。

もともと城北、国学院久我山、穎明館、開智所沢の順に志望しており、安全圏の穎明館は受けられるタイミングでの午後受験という計画でした。

日程でいえば、城北を1、2、4午前で最優先、1、2午後のどちらかに穎明館、5午前に久我山ST。

午前と午後の両方に入れる、しかも城北から穎明館への長距離移動が体力的・精神的に不安を残し、最後まで引っかかっていました。

しかし思い切って穎明館の選択肢を失くした時に、第2志望ならば久我山を受ける回数を増やせばより合格に近づく、また、開智所沢に魅力をあまり感じていないなら、すでに合格した開智所沢と久我山の間に位置する成城を受けてみてはどうかとアドバイスをいただきました。

久我山ST自体も雲の上の様な気がしていましたが、普通科へのスライド合格を狙うと明言されたことと、国語があまりに苦手な息子に対して「算数は難易度が高いですがむつかしい問題のほうが合うタイプなので大丈夫だと思いますよ。国語もなんとかなりそうだと担当が言っています。国語、できそうな顔してるのになんでできないのかな~」と電話で言われたときに、追い込まれていた気持ちが少し楽になってなんだか笑ってしまいました。

そして。

1日目、城北×、久我山ST×。

正直なところ初日の城北を逃したら息子にチャンスはないと思っていましたので、夫とともに落胆し、夜になって塾からうなだれて帰宅した息子にかける言葉も見つかりませんでした。

2日目、城北×。

3日目、成城×。

毎朝5時起きで疲労困憊な息子がかわいそうを通りこして哀れに思えてくるのと同時に、もはやどこでもいいから終わりたいと思ってしまうのがこの頃でした。

午前の成城が魅力的な雰囲気だったけれど手ごたえが芳しくなかったらしく、そのままうつむき加減で午後の久我山STへ。

ここまで〇がないと試験終了を待つこちらも落ち着きがなくなり、夕闇の校門横でそわそわと息子を待っていると、なんとスキップせんばかりの笑顔の息子が戻ってくるではありませんか。

「算数が面白いぐらいにできた! すごいできた! 全部できたかも!!」

入塾してから一度も聞いたことのないセリフに結果も出ていないのに涙が出そうになりました。

もともと感情の起伏が表情に現れにくい息子は、初日からの試験結果も淡々と受け止め、不安を吐露することもなく物にあたることもなくひたすらやり過ごしていました。ここでようやく光がみえたのだと思います。

3日目、久我山ST× → 普通科〇スライド合格

午後11時、スマホ画面を握ってガッツポーズをする私の周りには誰もおらず、怖くて結果を見られなかったという夫をたたき起こし、ついに! とともに喜び合い、横田先生からのお祝いのお電話をいただき、体力の限界を迎え死んだように寝ている息子には明朝教えるとお伝えし、「寝てるんですか!」と驚き気味の先生に少し和やかな気持ちになり。

ついに来た、第一志望最後の日。

城北の校門に渡辺先生がいらしていました。モヒカンの大男が校門横の巨木の精霊のように立っていて毎度のことながら驚いてしまいまいましたが、おずおずと近寄っていく息子を鼓舞して送り出してくださいました。

思い返せば、開智所沢の3日間全てと一番望み薄な最後の城北にも来てくださって、有難い以外の何もありません。

城北の校門で先生に「明日の久我山はもう一度ST狙いで受けるのか」と尋ねられた息子が「今日の結果でわからない」とナチュラルに返したのには苦笑いしました。

2月4日の城北が、どれだけ難しいかをわからないはずがありません。夫とも記念受験になっても仕方ない、やり切って終わろう、久我山はとてもいい学校だ、なんて前夜に二人で話していました。

そしてやはり、彼は淡々と終えて戻ってきました。

運命の19時、パソコンの画面を息子と二人、初めて結果を一緒にクリックしました。それまでは先に私がスマホで見ていたのですが、結果はわかりきっていたけれど、本当に最後だったので。

4日目、城北〇

ピンクの桜を背景にした画面に声を失いました。

あんなに喜びがあふれる嬉しそうな息子の顔を見たのは何年ぶりでしょうか。

そしてその後、頬を紅潮させた息子が発したセリフ、

「俺、鼎に行ってよかった! 本当に良かった!!」

この瞬間に全てが報われました。

合格だなんて信じられない、今すぐ帰る! と夫からの連絡。

「お兄ちゃん、ほんとにジョーホク行けるの? 良かったねえ!」

と受験をイマイチ理解していない一年生の妹からの言葉。

直後の塾とのお電話では、先生方がかわるがわる出てきて下さり、有頂天で上の空の息子に次々と祝辞を述べてくださいました。

どうやら勝因は、苦手の国語について、ご担当の込江先生が問題傾向から当日の問題文の予測を当てたことだったようです。

もちろん常日頃の熱心な指導のおかげもあるのですが、終わってみて何よりもすごいと感じたのは、当人の模試の結果とかけ離れた偏差値の学校であっても、問題傾向と生徒のタイプから分析し、この学校は厳しいが、この学校はいける、という経験からの読みです。

そして、学校ごとの問題傾向の分析と予測には驚くべきものがあります。

同学年の生徒の試験結果をみても、そこに鼎進学教室の強さを痛感します。

精神的に幼さの残る息子は、鼎を通じて様々な経験をしたことと思います。

厳しさゆえの行き渋り、ストレスからの胃腸炎による食事制限、謎の微熱の日々、入塾からここまで平坦では無かったですが、それでも息子は最後まで鼎が好きでした。

また、東京受験が始まってからの数日は想像以上に過酷なものでした。

若干12歳の子どもが、体力も精神も削られながら3年間の成果を容赦なく判定される恐ろしい期間。乗り越えた息子を賞賛したいと思います。

入塾よりずっと息子を一番に理解し指導してくださり、保護者である私の電話にも延々とお付き合いいただいた岡本先生、息子を信じて応援してくださいと私を諭してくれた渡辺先生、男子が理解できない文章もありますし少しずつできるようになっていますからと面談で励まし続けてくれた込江先生、好き勝手な解き方しかしない息子を質問できるように促してくれ、願書提出まで何度も親身に相談に乗ってくださった横田先生、そしてお弁当を食べられているかなど、いつも体調を心配して見守って下さった佐藤さん、皆様に心から御礼申し上げます。

第一志望に滑り込んだ息子のこれからの6年間は決して楽しいことだけではないと思いますが、なにより自分で選んだ学校なので、鼎で培った経験を活かして人生の糧となる前向きな時間になることと信じています。

また、今後の先生方のご活躍、鼎進学教室のさらなる発展を心よりお祈り申し上げます。

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