Lさんより 学芸大付属小金井中学校進学
私は3 年生の時に鼎に入塾しました。最初は遊び半分で勉強していましたが、2 年、3 年たっていくうちに「やばい」と思いはじめました。復習ノートは、最初は楽しくて書いていましたが途中から面倒くさくなってしまい、出さなくなる日が多くなっていました。もちろん偏差値は30 後半~ 45。6年生の夏期講習まではちっとも気にしていませんでした。
6年生の夏期講習で他の人たちがぐんぐん成長して自分だけが5年生のままストップしているように感じ、「このままじゃ合格できない」と思いました。
夏期講習が終わって1・2 週間過ぎたころから本気を出し始めました。(特に苦手な社会と算数)
算数は夏期講習の時にサボっていた分が響いて最後まで足を引っ張り、入試でも思うようにできませんでした。逆に国語は最後まで順調で、込江先生から「国語よくできてんじゃん」と言われた時は心の中でガッツポーズしました。
一月受験に入り開智所沢を受けると、1 回目はもちろん不合格。後9 ~ 10 点で合格だったの見て、「受験は1 点が運命の分かれ道」という言葉を思い出しました。
本番まで1 ヶ月もないことを考えると自分のどこが悪かったのか分からず、とりあえず社会を一からやっていると、渡邊先生が私の苦手なところをまとめたプリントを渡しくれました。
1月31日になると鼎の中で「壮行会」という受験生のためのイベントが行われます。私はその時色んな卒業生からのアドバイスを聞き、受験の時はまず何をすればいいのかというものがちゃんとわかりました。(大量のお菓子、おいしかったです!)
1月受験から2月受験の間はものすごくあっという間! 本番の朝緊張しながら鼎に寄ると、他の人たちが机の上にある紙に鉛筆を走らせている光景を見て「他のみんなは眠気と戦いながら頑張っているのに自分だけ緊張しているなんてかっこ悪い」と思うと「やってやる!!」という気持ちになりました。
入試会場についた時はとても緊張しましたが、“ 明らかに怪しい行動をしないように、冷静な態度で臨むこと”という自分が決めた、自分だけのルールを頭で何十回も繰り返すとなぜか落ち着いたような気がしました。
第1志望の成蹊中学の算数は自分にとってすごく難しく、特に第2回入試の味噌の中の食塩の問題はなかなか解けなくて、数分ロスしてしまいました。得意教科の国語はいつも通りやっていたのでそこそこできたと思います。成蹊といえば国語みたいな問題が多く、国語がまあまあ得意な自分にとっては好都合でした。
しかし結果は不合格。「不合格」という文字を見た瞬間「悔しい!」ではなく「ああ、納得」という言葉が出てきました。しかしそんな気持ちだけで次の入試を受けるのは勿体無いと思い、朝、鼎の先生方に言われたことを思い出しながら眠ることにしました。
私は2月1日午後の入試で穎明館、2月2日に晃華学園に合格をしたので不安な気持ちを引きずらずに済みました。
2月3日は第2志望だった東京学芸大学附属小金井中の試験。算数の図形の問題が少し難しかったですが、その他は比較的難しくなく、手応えを感じることができました。
そしていよいよ、最後の試験。成蹊の第2回入試が始まってしまいました。第1回と比べれば緊張しませんでしたが、逆に不安が襲ってきました。第1回が落ちてしまって、もし、また落ちてしまったらどうしようと思ったからかもしれません。
しかし会場に行く途中、岡本先生が励ましの言葉を送ってくださったお蔭で勇気をもらいました。自分ができることを全て出し切り、私の受験は終了しました。
結局、成蹊は合格することができませんでしたが、第2志望の学芸に合格し後悔はありませんでした。
鼎は唯一思い切り笑える場所でした。そして生徒に対して熱心に教えてくれたところでもあります。もう鼎の先生の授業を受けられないと思うと寂しくなります。3 年間、本当にありがとうございました!!
Lさんのお母様より
いよいよ我が家も受験体験記を書く番になりました。
娘は2年生の2月(新3年生)から鼎に入塾しました。6年上の姉の受験を経験し、なるべく早くスタートを切った方がアドバンテージとなるのではと期待したからです。
ですが目論見は見事に外れました。(泣)
全く塾の宿題をしない日々。今思えば、低学年のうちにもっとつきっきりで宿題をみてあげていれば、学習習慣が身につき、4年生になってから良いスタートがきれたのかもしれないとも思いますが、当時はとりあえず塾を休まず通うだけでよしとしていました。
もともと勉強することがあまり好きではない娘は宿題もきちんとこなさず、それから4年生もずるずると過ごし…。毎月受ける組分けテストの偏差値も30 台後半~40台前半と低空飛行のままで5 年生に突入しました。
さすがにこのままではまずいと思い、娘にも「5年生でしっかり勉強しないと6年生になったらみんなが頑張るから成績を挽回するのは厳しいよ」とハッパをかけ、娘と学習計画を一緒に立て家庭学習に取り組むことにしました。でも、その計画をこなせないのです。
集中力がなく、だらだらとやるので1週間の計画が終わらないまま翌週に持ち越し、結局復習がちゃんと積み上がらないまま、次の単元に進むので、消化不良のままで組分けテストの成績もなかなか上昇しません。
そんな時、鼎の先生方との面談で「受験が自分ごとになっていないから結局自己学習がきちんとできていない」と指摘されました。「親が口を出しすぎると良い結果とならないことが多い」とも。
『本人が受験を自分のことととらえ、自分自身の合格のために勉強する』それを待ち続けるのは本当に苦行のようでした。
もともと、この受験は「娘が鷗友学園女子に行けたら素敵だな~」という母親である私の憧れで始まった受験でした。学校説明会や文化祭に連れていくと本人もその気になって「鷗友に行きたい!」とは言っていたものの、学年が上がるにつれ、「鷗友は偏差値高いし、私、頭悪いし、無理だよ…」と逃げの言葉を言うようになりました。
「鼎の先生がやりなさいっていうことをちゃんとやったら絶対大丈夫だよ!」と励ましても、やらない…。
ある程度わかるようになるまでは、勉強は正直苦しいもの。わかる楽しみを経験できるレベルになるまでは我慢強く毎日コツコツやり続けなければなりません。
娘はその苦しさから楽な方に逃げていたのです。
それがわかっていても、口を出して私のやり方で勉強させるのは我慢、我慢…。いつになったら、この子のやる気スイッチは入るのかしらと祈るような日々。
その辛い時期の支えというか私にとってお守りがわりに何度も読み返したのが、実はこの受験体験記でした。手元にある2022 年度から2025 年までの体験記の中には、お子さん本人が塾楽しい! と言って自走して見事第一志望校合格! 親御さんはそれを見守っていましたというような羨ましい体験記もあれば、もがき苦しみながら順調とは言えないながらも最後まであきらめず見事合格をつかんだという勇気をもらえる体験記も思い描いた結果ではなかったけれども最後納得できる結果で終わることができたという体験記。
その中で私が一番印象に残った体験記の言葉は、2月1日が不合格となり動揺するお母さんに渡邊先生が言われた「これは、〇〇(子ども本人)の受験であって、お母さんの受験ではありません」。
その方は『受験が終わってこの言葉がわかります。合格するために、親としてやったことはただ一つだけでした。「鼎に入塾させた事」これに尽きます。』と書かれていました。
私もこのことを胸に刻んで最後まで娘の受験を見守ろう、娘の着地点がどこになるのか見届けようと覚悟を決めました。
さすがに6年生になったらエンジンがかかるのか思いきや、天王山の夏期講習もなんとなく過ぎ去り(毎日休みなく通塾したのは頑張ったと思いますが)いよいよ秋になり、志望校を固めていくという段になって娘が「やっぱり女子校じゃなくて共学がいい」と言い出し、え…もう説明会もあんまりやってないんだけど…と思いながらも、結局、親がいい学校だよと推しても、本人が行きたいと切に思わないとモチベーションアップにはつながらなかったのかな…と痛感しました。
急ぎ数校説明会に参加し、なんとか11月も半ばを過ぎたころ、本人の希望で第一志望を成蹊中学に決定。(鼎の先生には保護者会の度、早めに志望校は決めてくださいと何度も言われていたのになんとギリギリなこと…)
面談で先生方からは「少し前までよりはマシになったけど、宿題はやってこないこともあるし復習ノートも少ない」「本当にこの子は受験したいのかな? と思うほどやる気が感じられない」「もともとは器用だから、だましだましはやってこれても、2月の本番では通用しない」など厳しくもごもっともなお言葉…。
結局のところ、娘が本当の意味で目つきが変わってきたと感じたのは、1月の開智所沢の試験が終わった時でした。1回目はあと数点で合格を逃したと知った時、2回目は合格点ちょうどで合格した時、本当の意味で一点の重み、問題を解く集中力、学習への意欲が感じられました。
それから2月の本番までは今まで見たことのない集中力で、授業が終わった後、閉室の23 時ギリギリまで自習で残り、苦手だった社会を中心に学習に取り組むことができました。
とはいえ、最後追い上げたとしても、受験はそこまで甘くはなく、娘の第一志望の成蹊中学から合格を頂くことはできませんでした。
残念がってはいましたが、後悔はないと言い切り、合格を頂いた穎明館、晃華学園、東京学芸大学附属小金井中の中で、高校受験があることは理解した上で本人の希望で、共学の学芸に進学することに決めました。
姉が通った附属高に内部進学することを目指して頑張るそうで、早速3月からは高校受験のために通塾します。
勉強から逃げていた娘が「鼎は本当に楽しかった。62のクラスの友達が頑張っていたから自分も頑張れたし、最後は勉強するのもちょっと楽しくなっていた。中学では鼎に通えないからつまらないな。」と言うのです。娘の受験は成功したと思いました。自分で考えて勉強し、進路を自分自身で決定することができたのです。
成績優秀なお子さんが塾が楽しいというのはわかりますが、娘のようなタイプの子どもでも楽しいと言わせる鼎の先生方は本当にプロ中のプロだと思います。それはユーモアあふれるトークや授業内容の充実もさることながら、先生方の子どもたちへの熱い想いが子どもたちにもヒシヒシと伝わるからだと思います。
特に受験直前期~受験終了まで連日朝から晩まで塾で子どもたちのフォローをして下さり、横田先生は受験全般のご相談をするといつも親身にアドバイス下さり、込江先生は唯一の得意教科である国語の頑張りを本人が自信が持てるよう声掛けして下さいました。
受験日は渡邊先生、岡本先生が朝早くから応援に駆けつけて下さりました。試験当日緊張しているところに先生方から温かいお声をかけて頂き、どれほど緊張がほぐれたことでしょう。
受験生本人はその年かぎりのことですが、鼎の先生方は毎年、この情熱を傾けて下さっているのですから本当に頭が下がります。くれぐれも先生方のご健康を願うばかりです。
この唯一無二の塾、鼎進学教室でご指導いただいたことを心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
