国立駅北口から徒歩2分 中学入試の鼎進学教室
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2025年度 合格体験記

Iさんより 富士見中学校進学

私が鼎に来たのは5年生の10月です。最初の方は社会の宿題を出さなかったり、先生がさっき言ったことが頭に入っていなかったりとつまずきがちでしたがなんとか頭に入れて寝るようにしたので成績が上がり1組に入ることができました。
6年生になってすぐ春期講習が始まって、たった8日間だったけど毎日本当に疲れていたことを今でもよく覚えています。でもそれがきっかけで前より夜遅くまで勉強が頑張れるようになりました。
夏期講習が終わってからは時間があっという間に過ぎ、気付いたら埼玉入試が始まっていました。
私は1月10日の朝、お腹が痛くなり15分くらい東所沢駅のトイレにこもっていました。そのせいなのか10日の開智所沢に落ちました。しかも私の全体の点数は合格最低点より2点だけ下で、あと1問取れていれば合格していました。ショックすぎて帰りの車の中ではずっと泣いていました。そして1月11日の特待Aを受けた日、鼎で採点をすると全然点数が取れていなくて絶望しました。その日の帰る前、成瀬先生にラスカルのお守りをもらい少し元気をもらいました。明日全力を出せるように家に帰ってすぐに寝ました。
1月12日の朝、特待Aに落ちたことを知りましたが自己採点をしたときから不合格していることは予想できていたのですぐに切り替えてその日の試験に臨みました。
ラスカルがいたからか、10日や11日よりできた気がしました。鼎に帰って採点をすると、いつも点数が取れない算数は1問間違いで済んでいました。それも数え間違いだけでです。満点が取れなかったことは少し悔しかったですが1月12日、初めて合格をもらうことができました。
この調子で15日の特待Bを受けました。12日よりは算数は取れなかったですが、全教科大失敗もしなかったのでA特待合格をもらうことができました。
1月受験は良い調子で終えましたが、私は2月1日の3日前くらいまで絶不調の状態でした。算数では図が小さく、取れる問題を落としたり、国語の記述では書くべきことと大きくズレたことを書いたりしていました。凡ミスばかりしていると行く学校がなくなってしまうので2月1日までに図を大きくしたり、問題をもう一度読んだりして全力で修正しました。
そして迎えた2月1日。私は鷗友を受けました。国語の記述はなんとか書き終えましたが、算数でやらかして、全然問題が解けませんでした。全科100点満点の鷗友でも算数1問の配点は10点ぐらいなので「算数で全てが決まる」という成瀬先生の言葉が頭から離れませんでした。そして、その失敗を算数の後の社会と理科でも引きずり、取れる点数をたくさん失いました。結果は不合格でした。
この失敗を2日の富士見でも引きずるとこの後受ける学校も変わってくるので、2日の富士見は丁寧に問題を解きました。また、1日の鷗友に落ちていることは確信していたので、落ち着いて問題を解くことができました。そして鼎に戻って鷗友対策をした後、富士見のホームページの合格発表を確認すると自分の受験番号があり、本当に嬉しかったです。
2日の富士見で落ち着いて問題を解けばできるということがわかったので、3日の鷗友では落ち着いて問題を解きました。試験終了後、1日のときよりはできた気がしました。また、これで3年生の2月から始まった受験勉強が終わったので気持ちが軽くなりました。
次の日の12時、学校でこっそり鷗友の合格発表を確認すると不合格でした。でも、第二志望の富士見に行けるので、あまり悲しくはなりませんでした。
私は鼎での1年と少しの間は、悔しいこともたくさんあったけど楽しかったなと思います。また、前よりも勉強が好きになれた気がします。

Iさんのお母さまより

娘は5年生の秋まで別の塾に通っていました。それまで通っていた塾では成績上位だったものの、計算がきちんとできていないことも多く、徐々に伸び悩みを感じ転塾を考えました。鼎を知ったきっかけは鼎卒業生からの紹介です。とにかく面倒をよく見てくれる、塾で宿題も終わらせて帰ったら寝るだけと聞き、自宅学習の難しさも感じていたので鼎に決めました。過去に成瀬先生が書かれたブログも読ませていただき子どもたちに対する愛と熱意を感じたことも鼎を選んだ大きな理由です。
入ったばかりの頃、挨拶をしていなかったことを注意されたり、先生に声をかけるタイミングがつかめずに、結局ご迷惑なタイミングになって怒られたりしていました。娘なりの理由があったのですが、それを伝えることはできなかったと(怖くて笑)お風呂で泣きだした娘。人見知りで大人しく主張もできない娘の姿は、すかしているような態度に見えたようです。たとえ怖くても本当は自らの力で、先生にぶつかっていってタイミングが悪くなった理由を自分で説明できたらよかったのですが、娘のことをわかってもらおうと過保護ぎみな私は渡辺先生に会いに行き、お話しているうちに自分が泣くという失態を演じてしまいました。その説はたいへん失礼いたしました。思い出すと笑えます。
勉強だけでなく、人として大事なことや、礼儀なども伝えて頂けるのはとても有難いとこです。そういった面でも娘は鼎で成長することができたと思います。
思い返せば、たくさん涙を流した日々でした。授業の進度が早く、歴史が全然頭にはいらなかったと言って泣いて帰ってくる。サピックスの模試が全然できなかったと泣く。理社テスト大会で覚えることが多すぎる!と泣く。(それでも頑張って満点を取ってきてえらい)ミスばかりして取れるはずの点数が取れなかったと悔し泣きを何度も。
一番、荒れ狂って泣いた日は1月受験の初日、開智所沢に落ちた時でした。6-1クラスのみんなは合格して娘が一人不合格となった日、塾からの帰りの車の中でヘッドレストに頭を何度も打ち付けて、泣き叫んでいる様子はたぶん一生忘れられません。
それでも受験を終えた今は笑って話せるので、それすらも良い経験だったと思えます。その経験を経て、開智所沢中学校には最終的にA特待合格をもらい自信を取り戻すことができました。
初日に緊張からお腹を下すという全く想定外の事態が起こり、ストッパ下痢止め薬は必携と知りました。あとは酔い止めとエチケット袋。2月はしっかり準備できたので、1月受験の重要性を身に染みて感じました。
涙を流した時にはいつも湯船で身体を温めて溜まっていたものを吐き出しました。勉強でゆっくり入浴ができない日が続くときは足湯をしたり、マッサージをしたり。姫に仕える下僕のような日々も終わると寂しいものです。いや、今後も下僕として仕える可能性が高いですが。。
前の塾で天狗になりかけていた娘でしたが、優秀なクラスのみんなに刺激をもらい、家族以外の大人でこんなにも尊敬と信頼のおける先生方と出会い、かけがえのない日々を鼎で過ごさせていただきました。最後までがんばった復習ノート、白い服の袖が黒くなるまで書き込んだ何冊ものノート、積みあがったプリント。娘の人生の礎となることは間違いありません。本当にすばらしい経験をさせていただきありがとうございました。

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