Pくんより 成城中学校進学
中学受験は気になっていたけれど、両親とも公立出身、親戚探しても中学受験経験者ゼロ。知らない世界に飛び込むことへの不安、小さくて幼い息子に受験なんて出来るのだろうかという葛藤を抱えたまま鼎に入塾しました。 しかし息子は2時間超の授業に「長い…」、組分けテスト中にまさかの船を漕いでしまう状況。そして「火曜日は鼎に行きたくない(木曜はいいのか…!?)」と言い出す始末。それでも先生方にフォローいただきながら通塾を続け、あっという間に5年生になりました。 5年最初の授業は「楽しい!笑いすぎてお腹が痛い!」と予想外の反応で帰宅。しかし成績は低空飛行のまま、量も難易度もアップした授業についていけなくなり、5年の秋にはクラス落ちしました。 これで奮起してくれればと思いましたが、這い上がろうという気概が見えたのもほんの一時…6年になっても受験学年という自覚が見えないまま通塾を続ける息子に、何度辞めさせようと思ったことでしょう。 本人にも「やる気がないのなら辞めてもいいんだよ」と伝えました。 しかし、「ここまで頑張ってきたのに何故そんなこと言うんだ。最後まで頑張りたい。」という息子の言葉に、最後まで鼎にお世話になることを決心しました。
6年の秋に行った城北の文化祭で「ここに行きたい」と目を輝かせた息子。本腰を入れてくれるかと期待したものの、復習ノートも相変わらず質・量とも足りないと言われる始末。 しかし、これは息子の受験。「本人が向き合わなければ意味がない」「余計な口出しは百害あって一利なし」と考え(某漫画で親子バトルが時間の無駄と書いてあったことに納得)、息子の状況が極力目に入らないよう意識しました。(目に入ってしまうと、言いたいことが無限に発生…)
迎えた2月1日。城北の不合格は鼎で知りました。 皆の前では何でもないように振舞っていたようですが、一歩教室から出た瞬間、悔しさが溢れ出ました。それでも「まだまだ!次いくぞ!」と気持ちを奮い立たせて帰宅しました。 2月2日。この日も朝5時に起き、鼎に寄ってから城北の試験へ。終了後の表情はガチガチで、「難しかったんだな」と悟りました。しかし、午後受験の学校へ向かわなければなりません。ダッシュでタクシーに乗り、車中でおにぎりを食べ(残りを駅で立ち食い)、中央線に飛び乗りましたが、電車遅延でそもそも試験に間に合うのかハラハラ、本人は「疲れた、気持ち悪い」とぐったりしている…。 「これはまずい」と酔い止め薬を飲ませ、本人のテンションが少しでも上がるよう、好きなお菓子を買い、受験校についてからやったことは体操と深呼吸!!気持ちを切り替え、リフレッシュしてから試験に臨みました。そして怒涛の1日を終えて帰宅したのもつかの間、城北の合格発表。 結果は×…。翌2月3日は第2希望の成城の受験が控えています。2日連続の残念な結果に感情をぐっとこらえ、前を向くしかありません。 第3希望の合格発表は23時。 翌朝、本人に合格を伝えましたが、あれ??反応はイマイチ…。
「やはり第2希望の成城にはどうしても合格させてあげたい」「3日の成城は1日と比べて偏差値も倍率もアップ。2月1日は成城から入るべきだったのではないか」「そもそも受験校の選定はベストだったのか?」「今日の試験は疲れがたまって力を発揮できているのだろうか」様々な思いが頭を駆け巡り、不安で押しつぶされそうでした。 3日の夜、成城の合格発表を見て、「よっしゃー!」と飛び上がった息子。「城北を100とするなら90くらい行きたい」と言っていた成城の合格に、これまでの不安が解き放たれ、思わず涙が溢れました。 入塾当初は、週2回の通塾すらままならなかった息子が、6年夏くらいから楽しそうに通うようになり、受験直前には「中学受験なんてやめればよかったと思ったこともあったけど、鼎に行ってよかった。」といつの間にか鼎が大好きになりました。 2月2日に至っては、朝5時起きで午前・午後と受験し、「疲れているだろうから、鼎に寄らず帰るよ」と伝えたのに、「鼎に寄ってから帰りたい」と、結局寄ることに。それだけ先生方の存在が心の支えになっているのだと感じました。 厳しくも楽しく、そして力強く息子を導いて下さった先生方には本当に感謝しています。ありがとうございました。 「悔しさ」「最後までやり遂げて合格を手に入れた喜び」…両方経験できたことが、これからの人生の糧になることを祈っています。
