国立駅北口から徒歩2分 中学入試の鼎進学教室
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2022年度 合格体験記

Jさんより 成蹊中学校進学

私が一番最初に鼎に来たのは小学校3年生の春です。でもバレエをやっていた私は、木曜日はこれませんでした。

夏期講習の期間に入った時、復習ノートを書くようになりました。最初の2回は例題もはらず、大事なことしか書いていなかったので先生に、「もっとたくさん書け」と言われました。たくさん書けばいいと思った私は1枚に色を塗りすぎました。気付いたら1時間に1枚のペースで復習ノートを書いていました。「カラフルすぎる」 と言われた私は1ページ3色まで、と注意されました。すると、ノートに丸の付く回数が増えました。でも自分のやっている事が本当に正しいのか、ずっと疑問でした。授業の内容にずっと着いていけないまま4年生が終わりました。

5年生に入るとクラスが下がっていて、がっかりしたのと同時に少しほっとしました。組み分けテストでは国語の点数が上がっていてうれしかったです。それでも毎回組分けテストの結果は変わらないし、復習ノートをサボった事もあったし、算数の宿題は答えが出なくても平気でいました。今思うと4年生、5年生の私の態度は先生達への申し訳け無さと後悔しかありません。

その頃の私は入試の事なんか全然頭にありませんでした。濃度の薄い1年間をすごし、5年生も終わって6年生になりました。3つのクラスがある中、私は真ん中のクラスになりました。自分は当然1番下のクラスになると思っていたので驚きましたが成瀬先生に習う事が分かった時、少し緊張しました。

組み分けテストで悪い結果だった私は怒られたというより、ぐちを言われました。成瀬先生の授業になってから覚える事が多くなり復習ノートを何枚もやるようになりました。その時、私は、4年生5年生の頃ずっとサボっていた事を実感しました。6年生になってから、4年生5年生の時はずっと変わらなかった成績も波が出来るようになりました。 前回のテストの結果と今回のテストの結果が全然違うなんて事もありました。でも、どの教科でも最高なんて事は無かったし、どの教科も最悪なんて事も、たぶんありませんでした。例えば、10月位、理科の成績が少し上がってうれしかったけど、国語の成績が少し下がってしまいました。私の場合、何かが上がると何かが必ず下がっていたのでがっかりします。

入試の時、前の卒業した人が言っていた事でもありますが、頭の良さそうな人をジロジロ見ると、あせってしまうから、自分の事だけ集中する事が大切だと思います。それから体を冷やさないためにカイロとマフラーは必ず持って行くべきです。入試の直前は私は、受かりますように、とずっと願っていました。こう思っていたのは、私だけじゃないと思います。だけど、どんなにがんばっても「いつも通り」の自分を出す事を心がけるべきです。

本当は今までで後悔していることは山ほどあります。1番思う事は先生の言う通りにする、事です。簡単な事だけど、私には出来ませんでした。怒られた事もたくさんありました。だけど怒ってくれる事は、自分を見てくれている、という事です。だから、本当に感謝する事です。

入試のお守りとしてラスカルをもらいました。ラスカルは成瀬先生に似てる、と思いました。

2月1日、ついに本番の日になりました。早朝から鼎に行き、頭を覚ましました。「起きてる!」 と言われてうれしかったです。

午前は成蹊中学校、午後は明治学院を受けました。午前の入試が終わった時、嫌な予感はしていました。社会の手応えは薄かったし、算数はケアレスミスを1つ見つけました。でも、気を取り直し、おにぎりを食べてから午後の受験へ向かいました。

塾へ帰ってきて算数の直しは思ったより良かったのでほっとしました。社会は思ったより悪かったので不安でした。

午後の明治学院は当然受かっていると思っていたのに不合格で失望しました。明日も早いから早くねろ」と成瀬先生に言われたのに、私は10時半に、その結果を見ていた事に後悔しました。どうしてか、成瀬先生にも、バレていました。本当は、次の日はチャレンジ校の吉祥女子を受けるはずでした。

2月2日の午後3時、合格発表の時、もしかしたら12年間生きてきた中で1番緊張したかもしれません。

こんな私でも、第一志望の学校に合格できました。パーフェクトではなかったけど、1番大切で、最後の手段は、自分の力を信じる、事です。嘘だと思って信じてみてください。必ず自分に自信をつける事ができるはずです。

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