Aくんより 武蔵中学校進学
僕は2月3日海城中学の中学入試を終えたあと、武蔵中学校の入試の結果を聞いた。結果は合格であった。武蔵中学校の合格をきいたときは泣きそうなくらいうれしくなったのと同時に自分が合格をしたことが全く信じられなかった。
もともと僕は、主観的であり、武蔵中学校が求める客観性はほとんどなく、武蔵中学校に合格するなど夢のまた夢であった。小学4年生のときは、頭の中で問題が整理されてしまうこともあり、紙に書いて整理することがとても少なかった。その影きょうは小学5年生の後期にあらわれた。5年生前期のころは成績が安定していたものの、後期となってくると、成績が不安定になってしまい、頭の中でとける問題もへっていき6年生前期には、成績は落ちる一方となってしまった。6年生10月になって、やっと、自分で、手で書いて整理しようという気持ちが芽生え始めた。
成績が不安定なころにあった面接で決まった1月全落ちを防ぐためのものとして西武文理があった。1月12日西武文理の算数では間違えてはならぬ問題ばかりであり、何度も検算をした。しかし見落としてしまったミスが一つあった。それによって、満点のとれたテストも満点ではなくなってしまった。
ここで、じぶんはもう、自らの手で、今までの苦労をムダにすることをしてしまったことがとてもくやしくなり、もう二度と、このような後悔の残る失敗はしまいと思うようになった。その思いが力となったのか、1月下旬には、算数成績が格段にアップしていた。しかし、算数がなんとかなっても国理社の成績が悪ければ武蔵が合格するはずもない。特に理科は最後の練習までひどかったので、武蔵が合格できたのには信じられなかった。
話は変わり、ぼくが中学受験のなかで最も大切だと考えるのは、失敗しても成長をすることである、先程書いた西武文理のときのように、くだらないミスをして、とれたものがとれなくなると、ぼくはとても悔しくなる。そのときはこれが2月1日の本命ではなくよかったと立ち直り、感じた悔しさを力にかえて同じ失敗をしないようにする。そのような経験をさせてくれるのは、鼎進学教室である。
今まで主観的でダメダメであったぼくを武蔵に受かるまで育ててくださり、ありがとうございました。
Aくんのご両親より
『受かりたいはあったけど、受かるとは思わなかった』
武蔵合格を伝えたときの彼の一言が、私達の心情を端的に表しています。
私達が、本格的に鼎のお世話になったのは、小学3年の2月からでした。最初のころは、授業の進度に付いていけるのか、不安な面も多く、中学受験についても、前向きに頑張れる範囲でやってみようと、少し軽い気持ちでスタートしました。
志望校の選択では、先生方のアドバイスに従って、早い段階で数多くの学校見学に行くことから始めました。
最初に訪問したのが、4月終わりに開催された武蔵中学の記念祭でした。 充実した設備、豊かな自然、対応する生徒たちのホスピタリティの高さ…
大いに刺激を受けた彼と私達は、強い憧れを抱くとともに、高望みであることを承知しつつも、武蔵中学を第一志望とすることとしました。
『第一志望は武蔵』
それは、彼と私達の中で最後まで変わることなく、受験生活の折々で、彼と私達を勇気づけてもくれました。
家庭学習については、計算・漢字等の基礎力の領域で市販の参考書での補完も行いましたが、後半からは、日々の宿題も増えていき、鼎のカリキュラムに一本化していきました。
テストでの成績については、偏差値50台半ばが彼の定位置でした。4科偏差値60越えを目標としていましたが、最後まで届くことはありませんでした。徐々に問題の内容が複雑化する中、彼の面倒なことを嫌う性格は災いし、小学6年の夏期講習前の合不合判定テストでは、偏差値50程度まで低下していました。
夏期講習での頑張りも踏まえ、夏休み明けの向上を期待したものの、9月の合不合判定テストでも、偏差値は向上しませんでした。10月初の保護者面談では、偏差値も然ることながら、記述中心の武蔵の入学試験との相性の悪さも相まって、『全落ちを避けるため、志望校を下げて、武蔵を諦めることも検討してはどうでしょうか』と、苦渋の助言もいただきました。
先の希望が見えず、彼も私達も一番苦しい時期でした。少し弱気にもなりました。ただ、彼自身に武蔵を受験したい気持ちに揺らぎはなかったことから、その時点では判断を先送り、11月の合不合判定テストの結果を踏まえて、受験校を決めることとしました。その後の1ヶ月は、彼自らが娯楽を返上し、朝・晩の学習量を増やし、実力向上に努めていました。 その甲斐があって、成績は(ほんの少しですが)上向きはじめました。
もちろん武蔵合格が難しい現実に変わりはありませんでしたが、傍で彼の努力を見ていた私達としては、彼の希望を尊重し、武蔵を受験することを決めました。12月の最後の保護者面談では、2/1武蔵受験を前提に、全落ちを回避するための受験プランを、先生方と相談させていただきました。
1月受験校や2月午後受験校の追加、第二志望以下の複線化、等々、彼の性格と試験問題の相性も踏まえた的確なアドバイスにより、彼の受験プランは確定しました。 それと同時に、彼と私達の覚悟も決まりました。
年が明けると、早々に、埼玉受験が始まり、怒涛のように月日が過ぎ去りました。 コロナ禍の受験影響に関する情報収集、日々の体調管理・モチベーション向上に腐心しました。彼と私達は、第一志望の合格という成果を得ることができて、とても幸せです。
一方、高い壁でも勇気をもって果敢に挑んだこと、結果を得るための努力を続けたこと、自らを信じて最後まで諦めなかったこと、これらの経験を通じた彼の成長こそ、最大の財産とも感じています。今回の経験が、今後の彼の人生の助けとなることを確信しています。
憧れて止まなかった武蔵生に、この春からなれる彼に、心からのおめでとう
大きな病気・怪我を患うことなく、受験生活を全うさせてくれた妻に、心からのおつかれさま 何より、いつも暖かく見守り、ここまで導いてくださった鼎の全ての先生方に、心からのありがとうございました。
私たちの拙い経験談が、これから受験に臨まれる皆様にとって、少しでも参考になれば幸いです。
鼎で学ぶ全ての受験生の皆様に、志望校合格の便りが来ることを祈っております。
本当にありがとうございました。
