Bくんより 麻布中学校進学
僕はコロナが大変だった2020年を経て、今年2021年に武蔵中学校に合格することが出来ました。コロナの流行で普段の生活に制限が入ることもありましたが、6年の時は精一杯頑張ることが出来たと思います。
僕は小学校4年生の春に、姉が鼎に通っていたことをきっかけに鼎での生活が始まりました。4年生の時はまだ志望校も決めておらず、勉強への意欲を持たず、遊びや小学校を優先して鼎には真剣には通っていませんでした。そんな状態が続いて、5年生の夏に僕に転機がおとずれます。夏に、僕は母からの説得に加えて、武蔵を見にいき、その自由な学習や、自然あふれるキャンパス、私服でくるという自由な学校生活に心をひかれた。これらによって5年生の僕は努力を始めることが出来た。
そのため、2から1のクラスに再び上がることが出来た。ここから成瀬先生が算数の授業を担当することになり、僕は算数の復習ノートを習慣づけて行った。そこから夏期講習で苦手だった算数が少し出来るようになり、9月の組み分けテストでは、それまでで一番の得点を取ることができた。この9月から10月の嬉しさは今でもよく憶えています。
しかし、11月から1月は本当に算数がうまくいかないことが大変で、成瀬先生には怒られてばっかりでした。その後の栄東東大選抜の算数で僕は今まで取ったことのないようなひどい点数(30点/ 150点)を取ってしまい、とっても落ち込みました。しかも、その後にあった立教新座では受かったものの、算数で空らんを作ってしまい、怒られてしまいました。
そして迎えた2月1日の武蔵入試では算数をやったときの感触が悪く、落ちてしまうのではないかという不安をもちました。その後、桐朋中学校、海城中学校の入試を終え、3日に海城の時、母と父から武蔵合格の知らせを受けました。本当に嬉しかったですが、まだその時は実感がわきませんでした。小学4年生から6年生までを通して、鼎で僕は大きく成長することが出来ました。そして、第一志望合格に導いてくれた鼎の先生方、家族には感謝しかありません。最後まで、◯◯だった僕に勉強を教えてくれてありがとうございました。
Bくんのお母さまより
2月1日、本命校である武蔵の校舎に向かう息子のうしろ姿を見送り、夫の待つ車に乗り込むとしばらくして、私は「よかった~」と大きく声を出し、泣いていた。まだ始まったばかりなのに何泣いてるの。と夫は笑っている。でも、これまでのことを想うと、無事に万全の体調で武蔵に挑めていることだけで万々歳!の気分だった。
現在中3の姉が小6の春休みから、我が家は鼎にお世話になっている。 姉が6年の一年間だけで受験しようと試みた挙句、時間の足りなさを後悔したので、息子は4年の4月から通わせた。Door to door で50分程かかるのに、なぜわざわざ国立まで行かせるの?と、いろんな人に言われてきたけれど、子供たちは体調不良以外では休みたがらなかった。息子はとにかく小学校が大好きで、受験=仲良しの友人と離れ離れになることを嫌がり、鼎は楽しいけれど、地元の中学に行きたいなぁ。といった感じの4年生だったので、成績はもちろん伸びない。
勉強は鼎と夫に任せっきり、この3年間私が尽力したことは弁当作りと息子のやる気スイッチを如何にして入れるか、だった気がする。弁当もたまに夫。
小5夏から様々な学校の説明会巡り。最初のスイッチオンは、なんとなく合いそう、という気がした武蔵の説明会。虫捕りや自然が大好物の彼にとって、「学校内に川が流れてるって最高!」これに尽きる。説明聞くより川で遊びたいという彼をなだめ、先生方のお話を聞いていたら、「ママ、書くもの貸して。」と少し難しい説明を紙に書きだした。「楽しかった!校内の雰囲気も気に入ったし、僕はここに行きたい!」 二回目のスイッチは小5の小学校行事後。公立では珍しく、農村地域で長期宿泊体験を行うのだが、それがとても楽しかったので、やり切った感が生まれ、もっと勉強も頑張ろう!と気合が入ったらしい。たしかに、武蔵に通えばまた似たような宿泊体験学習の場がある。
三回目のスイッチは小5後半。社会で仏像やら歴史的建造物を覚え始めた彼の「実際に見てみたいなー」という呟きを実現するべく、奈良・京都旅行へ。実物から感じる歴史のリアリティに目を輝かせ、ギアが上がる。本格的受験勉強に突入する前の家族旅行納めでもあった。四回目のスイッチは小6の夏。このあたりで何度も押されたスイッチから、本人の本気も見えてきた気がする。まず、何かで怒ったついでに、それまでズルズルと許していたゲーム機等を没収。やり過ぎかなと思いつつ、結果家庭学習時間は微増したと思う。さらに、偏差値を武蔵に合格出来るレベルにまで上げるには、各教科何点上げないとダメか、というのを真剣に説明。小学校の賢い女子が偏差値70くらいあるのに落ちこんでいるのを目の当たりにしたのもこの頃。「俺、やばくね?」と気づき始める。復習ノートの仕上がりを成瀬先生に褒められ始めたのもこの頃だったか。内容よりもまず、丁寧に、読める字が書けるようになったことを母は喜んだ。なぐり書きからの成長!
それでも最後の合不合は最悪な結果、成瀬先生には「途中もちゃんと書け!」「空欄を残すな!」と最後の最後の最後まで叱り続けて頂き、すぐ泣いちゃう泣き虫な息子のメンタルを心配したが、彼の悔し泣きのあとの立ち上がりは毎回悪くなかったので、初戦の1月16日栄東(東大特待)の算数で見たことがないような点数をとって失敗し、静かに家で泣いていた彼を見て、まだ伸びる、まだやれる、と家族で最後まで緊張の糸が途切れなかったことがその後の全勝に繋がったのかなと思う。(面談時、過去実績で全勝とか見せられるとスゲーとしか思わず、他人事だったわけですが、実際のところ最後まで実感ゼロです。余裕だ〜って思ってらっしゃるご家庭なんてきっと、ほんの一握りかと。)
武蔵にいそう。通っている姿が見える。と先生方がおっしゃってくれていたが、第一志望の武蔵だけではなく、受験したすべての学校で、楽しく学生生活を送る息子を想像出来た。息子は2月1日の試験が終わるまで、武蔵しか見ていなかったが、3日の受験校では、ここに通うことになるかもと考えたりしたらしい。遡れば3年前、姉は直前にインフルエンザになり、2月1日を病み上がりで受験した。案の定不合格。第一志望ではない学校に通っているが、めっちゃ楽しそうだ。むしろ良かったのかもと思うくらいに。こうした鼎経験者の姉の存在も大きかった。鼎あるある悩み相談や、八つ当たりの的になってくれていた姉。一緒に支えてくれて有難う。姉も息子も、鼎で勉強の楽しさを教えていただいたことが、これからの長い人生に役立つことを実感している。
緊急事態宣言下の送迎や、遅くまで鼎に残っていた6年の最後、車で迎えに行くのが大変だったけれど、車中での他愛ないおしゃべりや、ぼーっと過ごす息子との時間も貴重な思い出。 大変な状況の中、これまで支えて下さった先生方、受付の方々、追いつけ追い越せで、一緒に切磋琢磨してくれた鼎のお友達、本当にお世話になりました。 きっと息子はまたすぐに、皆さんに会いたくなると思います。
